皆さんは「全固体電池(ASSB)」という言葉を聞いて何を想像しますか?「次世代のすごい電池でしょ?」「でも、どうせまだ先の話でしょ?」そんな風に思っている方も多いかもしれません。
しかし、先日公開された**『日産技報 No.91』**の21ページ以降を読み込んで、私は武者震いがしました。そこには、単なる「電池の改良」ではなく、クルマの構造、整備の在り方、そして私たちのカーライフそのものを根底から変えてしまう革命の設計図が描かれていたからです。
今回は、日産の技術者たちが心血を注いでいる「全固体電池」の正体について、現場の人間だからこそわかる「ここがヤバい!」というポイントを徹底解説します。5000文字の特大ボリュームですが、これからの10年、クルマがどう変わるかを知りたい方はぜひ最後までお付き合いください。
1. なぜ、今のEVには「限界」があるのか?
まず、今のEV(リーフやアリアなど)に使われている「液系リチウムイオン電池」についておさらいしましょう。これらも十分に素晴らしい性能を持っていますが、整備の現場で見ていると、いくつかの「物理的な限界」が見えてきます。
「液体」を抱えるというリスク
今の電池は、プラスとマイナスの電極の間を「電解液」という液体が満たしています。リチウムイオンがこの液体の中を泳いで移動することで電気が流れる仕組みです。しかし、この「液体」が曲者なんです。
- 温度に弱い: 冬場は液体がドロドロになり動きが悪くなる(電費悪化)。夏場は熱を持ちすぎると危険(冷却システムの肥大化)。
- 燃える可能性がある: 有機溶媒という燃えやすい液体なので、万が一の事故でパッケージが壊れた際の防火対策に、巨大で重い保護ケースが必要です。
「急速充電」のジレンマ
皆さんが高速道路のSAで急速充電をするとき、30分という時間がかかるのはなぜか。それは、急激に電気を流し込むと液体の中でイオンが渋滞を起こし、最悪の場合「リチウムデンドライト」という針のような結晶が育ってショートしてしまうからです。これを防ぐために、クルマ側で「ゆっくり充電してね」と制御をかけざるを得ないのです。
2. 全固体電池がもたらす「物理的ブレイクスルー」
日産の技報が示す「全固体電池」は、この電解液を文字通り**「固体(セラミックスなどの固形物)」**に置き換えます。これがどれほど革命的なのか、3つのポイントで解説します。
① 「バイポーラ構造」という魔法
これ、整備士としては一番感動したポイントです。
従来の電池は、一つのセル(電池の最小単位)ごとにケースが必要でした。しかし、全固体電池は液体が漏れる心配がないため、一つのケースの中に電極を何層もミルフィーユのように直接重ねることができます。これを**「バイポーラ構造」**と呼びます。
- 体積エネルギー密度が2倍: 同じスペースなら2倍の電気が入る。つまり、今のリーフのバッテリーサイズで、航続距離が1000kmに届く可能性が出てくるということです。
- 重量が大幅ダウン: 重いケースや配線が減るため、クルマが軽くなります。軽くなるということは、タイヤも減らない、ブレーキも効く、ハンドリングも良くなる。整備士からすれば「理想のクルマ」に一歩近づくわけです。
② 超急速充電が可能になる(充電時間1/3)
技報には、全固体電池はリチウムイオンの移動速度が劇的に速いと記されています。
これまで30分かかっていた充電が、わずか10分前後で終わる時代が来ます。これはガソリン車が給油してトイレに寄る時間とほぼ変わりません。「EVは充電が面倒」という唯一にして最大の欠点が、物理法則レベルで解決されるのです。
③ 「熱」との戦いに終止符を打つ
全固体電池は耐熱性が非常に高い。今のEVが積んでいる、巨大なラジエーターや複雑な冷却配線、冷却水の循環ポンプ……これらが大幅に簡素化できます。
現場の人間からすると、**「冷却水漏れの心配が減る」「フロント周りの整備性が上がる」**というのは涙が出るほど嬉しい進化です。
3. 日産のこだわり「硫化物系」の凄み
全固体電池と一言で言っても、世界中でいろいろな方式が研究されています。その中で日産が選んだのは**「硫化物系固体電解質」**です。
なぜこれなのか? 技報を読み解くと、日産の「負けず嫌い」な一面が見えてきます。
硫化物系は、他の方式(酸化物系など)に比べてイオンが圧倒的に動きやすいという特徴があります。しかし、非常に湿気に弱く、空気に触れると有毒ガスを出す可能性があるという扱いが難しい材料でもあります。
日産は、これを「難しいから諦める」のではなく、**「自分たちの生産技術でコントロールしてやる」**という道を選びました。
- ナノレベルの界面制御: 固体同士をピタッと密着させる技術。
- ドライルームでの量産技術: 水分を極限まで排除した巨大な工場の建設。
これは、長年世界初の量産EV「リーフ」を作り続けてきた日産だからこそ持っている、膨大な「失敗データ」があるからこそできる挑戦なのです。
4. 2028年、私たちの現場はどう変わるか?
技報では、2024年度にパイロットライン(試験生産工場)を稼働させ、2028年度には市販化するとしています。あと数年です。その時、私たち整備士の仕事はどう変わるでしょうか。
整備内容のシフト
エンジンオイル交換がなくなったように、今後は「バッテリーの健康診断」がよりデジタル化されます。全固体電池は劣化が極めて少ないとされていますが、その分、内部のわずかな「層の剥離」を電気信号で見抜くような、精密な診断技術が求められるでしょう。
クルマのデザインが変わる
バッテリーが薄く、軽くなるということは、クルマの床を低くできます。スポーツカーのような低い車体でも、十分な容量のバッテリーを積めるようになります。整備士としては、「重すぎてリフトアップが怖い」というプレッシャーから少し解放されるかもしれません(笑)。
5. まとめ:これは「技術の日産」の再証明だ
今回の『日産技報 No.91』を読んで確信したのは、日産は本気で「EVで世界を獲り直そうとしている」ということです。
全固体電池は、ただの「高性能な部品」ではありません。
- ユーザーにとっては: 航続距離の不安から解放され、ガソリン車と同じ感覚で使えるEV。
- 環境にとっては: 希少金属(レアメタル)の使用量を減らし、リサイクルもしやすい持続可能な仕組み。
- 私たち整備士にとっては: よりシンプルで、より高度な信頼性を持つ「メカとしての完成形」。
かつて、スカイラインGT-RやZで世界を驚かせた日産。そのDNAは今、この目に見えない小さな「電池の層」の中に受け継がれています。
2028年、全固体電池を積んだ新型車が初めて私のピットに入ってくる日。その時、私はどんな顔をしてボンネットを開けるのでしょうか。今から楽しみで仕方がありません。
皆さんも、これからの日産の動きに注目してください。この技報に書かれたことは、決して遠い夢物語ではなく、もうすぐそこまで来ている「現実」なのですから。
あとがき:
この記事が面白かった、もっと技術的な詳細が知りたいという方は、ぜひ日産の公式サイトから「技報」の原文も読んでみてください。グラフや専門用語は難しいですが、そこにはエンジニアたちの「執念」が詰まっていますよ!

